1月の7日と8日、何十年ぶりの叔父叔母に会う為に東京へ行って来ました。

10月末に届いた手紙から急展開(その記事はこちら
当初、印鑑さえ押してしまえばまた、これまで通りだと思っていたし、
会いたい云々も気を遣って言ってくださってるものだと思っていたのです。
でも、メル友になった叔母と話すうちに、あら?これまで想像してた事と違うのかな?
連絡取り合えなかった事情も分かって来たし(ここでは書けませんが(^^;;;)
だから、変に構えず、素直に会いに行ってみよう!と決めました。


行きの新幹線にて

上野駅で叔母2人が待っていてくれました。
もう15年以上、家族と暮らしていないし、母も一人っ子なので親戚の交流は無く、家族とか親戚ってどう言うものだった、なんて感覚が私の中から消え失せていたので、どうやって話したらよいか、結構緊張しました。
でもその心配は杞憂に終わる事になりました。
すっかりおばちゃんになってる私に小学校の頃と変わりなく接してくれる叔母達。
血縁関係ってこう言うものなんだな、と実感。
年はとっても、子供の頃の私がそこにいました。

この日は、叔父の家へ3人で行き、叔父は息子達と仕事に出ていたけれど、
お仏壇の祖父母と叔母にお参りさせてもらい、お昼ごはんを戴いてお話しし、

今度は叔母の家がある千葉に移動して従姉妹を交えて早めの夕飯を居酒屋で食べました。

1つ違いの従姉妹、髪も真っ黒だしめっちゃ若い!!!(◎-◎)
20代の頃から白髪いっぱいの私は羨ましかったですよ~σ(^◇^;)

晩は、叔母の家に泊めて頂く事になっていたのでお家へ。
子供の頃何度もお邪魔しているので、その記憶が蘇えって来ます。
叔母の遺影にお参りし、お風呂をいただき、ビールを飲みながら(笑)
私の知らない間の写真など見せていただきながらおしゃべりしました。

「亡くなった叔母が引き合わせてくれたのかもね」と叔母がボツリ。
その叔母様が生きてるうちにもう一度お会いしたかったな。

翌日はもう一人の叔母の家にお邪魔し、そこからまた上野に向かいます。
叔父が中華料理の宴席を設けて下さっていて、叔父2人とその奥様達、
叔母と、もう一人の叔母とその旦那様、私の8名での食事会となりました。

食事の一部、ご覧下さい



父から連絡が途絶えた(縁を切られた)頃からの、叔父叔母が知らない母と私の
写真なんかも見せつつ、私の知らない、若い頃の母の話なども聞いたりして、
あっと言う間に時間は過ぎていきます。
最後に記念撮影をして上野駅でお別れ。

前日に上野で待っていてくれた叔母二人はまた今日も、私を東京駅まで見送ってくれました。
笑顔でお別れ。

なかなかこれからは会うチャンスも無いかもしれないけれど、
ご縁が繋がった事はありがたい事だと感謝しています。
この記事を叔父叔母が見る事も無いと思うけど、ありがとうございました!と言っておきたいと思います。

呼び捨てで呼ばれる、ちゃんと叱ってくれる、私の事を考えて声をかけてくれる、
これは、他人様でもある事だけど、血縁者のそれはまた違うものなんだと、
長い間血縁が切れてしまっていると余計に分かるものですね。
だから、ちょっと頑張り過ぎて背負い込んでしまった荷物を下ろして、
少しだけホッとする時間をもらえた感じ。甘えさせてもらえたって事かしらね。
でも、温かい湯に浸かりっ放しだと出られなくなるので、そろそろ出ないとね(笑)
さぁ!小学校の頃の千夏から、今のちなつに戻るよ!変身!\(00)ゝ